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「三方よし」の経営で商店街を活性化するジンジャーシロップ製造所

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 愛知県豊橋市の「水上ビル」にある大豊商店街で今年3月から朝市「水上ビルの朝市」が始まった。主催するのは、街の一角に店を構えるジンジャーシロップ製造所「テンタソビ ジンジャー」。商店街を知る入り口としての機能を持ち、街全体に賑わいを広げる活動の根底にあるのは、自分だけ儲けるのではなく、買い手も満足し、社会貢献にもつながる「三方よし」という共存共栄の考えだ。

 JR豊橋駅から徒歩10分、用水路の上にコンクリートのビルが建つ通称・水上ビルに店はある。古くは菓子問屋だった名残をとどめる入り口、中は実験室を思わせる独特の雰囲気を醸す。店頭販売の他、通販やイベント出店にも力を入れる。

テンタソビ提供

 テンタソビは、店主の中川清史さん(40)が2018年8月に開いた。高知県産のショウガと三重県熊野で育ったマイヤーレモンにスパイス、特性にあった砂糖を組み合わせたジンジャーシロップを製造、販売している。東大阪市出身で就職を機に愛知県蒲郡市へ。休日に立ち寄った水上ビルを、かつては家具のまちとして知られ、今は関西屈指のファッションエリアとなっている大阪の南堀江に重ね、「ちゃんと人が来るような場所になれば伸びていく」と確信したという。その後、趣味のスノーボードを通じて誘われたイベントへの出店をきっかけに、シロップ作りを始めた。

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 シロップ製造の過程において、衛生面、品質管理などで、15年以上にわたり再生医療等製品を製造・開発する会社に勤めてきた経験が生きる。当初は副業の予定だったが、用意した50本が半日で完売するなど、オープンすぐから反響は大きく、会社員との両立が難しくなり、半年後に退社した。

 中川さんが店を運営する上で一番に考えるのは「いかに社会に対していい影響を与えられるか」。長期的に店を存続させるために自分だけが儲かればいいという考えではなく、買い手も幸せに、世間もより豊かになるために商売すること。「買い手よし、売り手よし、世間よし」という近江商人の活動理念である「三方よし」を意識する。

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 これまでにも周辺の店舗紹介マップを作って無料で配布したり、店外にスタンドを設置して、近隣の飲食店からの持ち込みを受け入れたりして、他店へ足を運んでもらうきっかけづくりをしてきた。

 だが、市外からの来店者が増える一方で、車を店の前に駐車し、購入すれば立ち去っていく人たち。朝市を企画した背景には、水上ビルを巡り、駅周辺の散策につなげるための仕掛けづくりのさらなる必要性を痛感したこともある。

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 朝市も「三方よし」の延長線上にある。毎月第1月曜日、素材にこだわった菓子や丁寧な手仕事で作られたアクセサリー、使えば使うほど馴染む日用品などを扱う豊橋近郊の店が、大豊商店街約350㍍にわたり既存店の軒先に並ぶ。参加店をレギュラーメンバーで固定することで、客は商店街的な顔の見えるゆったりとした接客が毎月楽しめる。一方で、中川さんが敬愛する県外の人気店にゲストで参加してもらうことで、マンネリ化を防ぐ。自身の培ってきた人脈と技術を生かしながら、出店者は生活の糧を得て、客も気持ち的に満足してもらえる催しを目指す。

 「私は水上ビルの名前を使い商売をしているので、水上ビルの価値をもっと上げていかないといけない。それに、豊橋は朝市が文化として残っている地域なので水上ビルがなくなったとしても、『水上ビルの朝市』という催しが跡地で行われるかもしれない。そうすることで『水上ビル』という名前が未来に残る可能性があると思っています」。

 昭和39年から40年代初頭にかけて農業用水路の上に建てられた水上ビルは、現行の法律では建て替えが難しい。2014年の水上ビル誕生50周年の節目には「20年生き延びる」宣言を一級建築士である商店街の理事長が打ち出したが、時は刻一刻と流れている。いずれ建物の寿命が来たとき、「最後をいい感じで終わらせたい」と中川さんは言う。

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 現在、豊橋駅周辺では再開発が進む。東三河屈指の注目エリア、水上ビルは歩道が整備、拡充され、駅前の賑わい創出の一翼を担う。老舗が支えてきた商店街には、クラフトビール専門店、フルーツパブ、美容院、ネイルサロンなど新しい店が続々とオープンし、空き店舗もほとんどなくなった。

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 店主の中には、以前の店の建具をそのまま使ったり、看板を残したりと、歴史的建造物だという証をなんとか残そうとしながらリノベーションする人もいる。県外からも足を運んでもらう場所にするためには、地元の独自性の発信地として、水上ビルの価値を店舗同士が共有する必要がある。中川さんは朝市が、こうした店主同士の価値観の共有に一役買うことを期待する。

 終わりが来ることが決まっている商店街だからこそ、最後の迎え方に思いを巡らせ、面影をあとの世に残すには、どうすればいいのかを考える。戦後、焼け野原となった駅前で自然発生的にできた青空市場をルーツにもつ大豊商店街。その名には「大きな豊橋を目指して」という店主たちの願いが込められていると言う。最後まで大豊商店街らしくあるために、「三方よし」が発展を密かに支える。